大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1061号 判決

第一審原告(被控訴人附帯控訴人) 樋口てさ能

第一審被告(控訴人附帯被控訴人) 山中善彌

主文

第一審被告の控訴を棄却する。

第一審原告の附帯控訴に基き、原判決を左のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し、金四万五千百六十円及びこれに対する昭和二十七年五月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

第一審原告その余の請求を棄却する。

訴訟の総費用はこれを六分し、その一を第一審原告その余を第一審被告の負担とする。

この判決は第一審被告に金員支払を命じた部分につき、仮りに執行することができる。

事実

第一審被告代理人は「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」旨並に附帯控訴棄却の判決を求め、第一審原告代理人は「第一審被告の控訴を棄却する。」との判決並に附帯控訴として「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告は第一審原告に対し、原審認容の金額と併せ、金十九万八千三百二十一円五十銭及びこれに対する昭和二十七年五月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審被告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、第一審被告代理人において「原判決五枚目表六行目の「昭和二十一年九月分」とあるは、「昭和二十年九月分」の誤記であるから訂正する、と述べ、第一審原告代理人において(一)原判決添付第三目録中松床板の単価二五円とあるは二五〇円の、第四目録中障子組子修理価格一、二〇〇円とあるは一、六一〇円のそれぞれ誤記であるから訂正する。(二)本件賃借物件の毀損は、第一審被告が賃借物使用に当り払うべき相当の注意を欠いたために生じたものであつて、第一審被告は賃借の際における特約条項(原判決事実記載(三))に基き、右特約が認められないとしても、賃借人として負担する原状回復義務の履行として、その毀損部分を修覆して返還する義務あるものである。また右毀損の結果原状回復を困難ならしめたものについては、不法行為上の損害賠償責任を負うことも明かである。(三)原判決事実摘示の第一審原告請求額のうち、第三目録檜柱の分一、四〇〇円とあるを一五、〇〇〇円に、第四目録階上吾妻障子の分三、六〇〇円とあるを九、〇〇〇円にそれぞれ増額し、これに見合う金額を第六目録雑用人夫の項より控除し、これを一一、〇〇〇円と訂正する。即ち右増減の結果第一審原告の請求金額には全体として異動はない。(四)但し、法定利率による遅延損害金の起算日は昭和二十七年五月一日と訂正する。」と述べた外、原判決事実摘示と同一である。よつてこれを引用する。

理由

第一審原告が昭和十九年一月六日第一審被告に対し、第一審原告所有にかゝる山梨県東山梨郡塩山町上於曽第六百八十一番所在木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十八坪及び木造トタン葺平家建物置一棟(但し物置の賃借部分については争があり、第一審被告はその建坪三坪のうち半分だけを賃借したと主張する)を、賃料一ケ年金二千円六月及び十二月各末日半年分宛前払の約で賃貸したところ、第一審被告が昭和二十年五月二十四日右居宅のうち階下八畳一室を更に同年八月下旬階下八畳一室をそれぞれ明渡し、次で甲府区裁判所における調停の結果昭和二十一年八月三十一日残余の賃借部分の明渡を完了したことは当事者間に争がなく、第一審原告の主張する如く、物置は一棟全部を賃貸したもので、賃料も昭和十九年十二月八日以降一ケ月金二百円と改定された事実はこれを確認するに証拠がない。また本件家屋の賃貸借に当り、第一審原告において必要とするときは、第一審被告は直ちに家具賃借後に生じた一切の損傷個所を元通りに修覆して明渡すべき旨の特約があつたとの第一審原告の主張を肯認し難いことは、当裁判所も原審と所見を同じくし、当審における第一審原告の新な立証資料を以てしてもなおその事実を認めることはできない。しかし仮令かゝる特約がなくとも、賃貸借終了の場合には、賃借人は賃借物を原状に回復して賃貸人に返還すべく、右返還に至るまで善良なる管理者の注意を以て目的物を保管する義務を負うのであるから、約旨に基く通常の使用収益に伴つて生ずべき自然的損耗は別とし、いやしくも賃借人の保管義務違背等その責に帰すべき事由によつて賃借物に加えた毀損の部分は、賃借人においてその返還に際しこれを修理して賃借当初の原状に復せしむべき義務あることは当然である。それ故賃借人が賃貸借終了後、修理義務ある破損個所を未修理のまゝに放置して顧みないときは、賃貸人に対しその義務不履行によつて生じた損害の賠償として修理に必要な費用額に相当する金額を支払わなければならぬ筋合である。なおまた、賃貸人の所有する賃借物件の破損が賃借人の故意過失に基因するときは一面不法行為をも構成すべく、従つて賃借物が完全に毀滅され、若しくは技術的経済的に損傷個所の修覆が不可能と見られる場合には、賃借人は賃貸人に対しこれによつて被らしめた凡ての損害を賠償すべき義務のあることも論をまたないところである。

しかして当裁判所は原審引用の証拠並に当審検証の結果を綜合し、原判決理由第一の(二)(三)記載の事実を認定したのであるが、これによれば、本件家屋は良材を用いて入念に建築され、附近の人々に青橋御殿とまで噂されており(同程度の建物を新築せんとすれば、昭和二十一年九月頃で金七十五万円、昭和二十七年四月頃で金二百万円の工費を要する。原審鑑定人内藤竹治郎の鑑定参照)、建築後二十数年を経た賃貸借当時でも、外見上認めうる格別の破損個所は存しなかつたに拘らず、第一審被告方家人の極めて不注意にして且つ乱暴なる使用により、その各所に自然的破損とは到底見られない著しい損傷を生ぜしめたことが明かである。第一審被告援用の証拠にして右認定に牴触するものは、いずれも措信し難い。

よつて第一審被告の賃借中、本件建物に生ぜしめた損傷の個所程度及びこれが修理に要する費用額、修理不能の場合の損害額等につき審究する。

(イ)  原審証人伊藤嘉蔵、久保田新吉(第一、二、三回)当審証人内藤竹治郎の各証言、右久保田証人の証言(第三回)によつて成立を認めうる甲第一号証、原審並に当審における検証及び原審の鑑定の結果によると、本件建物の各種ガラス戸障子等に、別紙目録(一)(二)記載のような合計三十九枚三九、五八〇平方糎に達するガラスの破損及び原判決添付第八目録記載のような戸障子の破損個所あることが認め得られる。第一審被告(原審第一回尋問における)、並に原審証人山中玉枝等は、第一審被告が賃借後自費を以てガラスの破損個所を一部入換えた旨供述するけれども、原審証人長谷川権蔵(第一回)の証言によると、それは第一審原告所有のガラスを使用して差換修理したにすぎないことが窺われ、当裁判所が排斥する前掲第一審被告本人並に原審証人山中玉枝の供述を措いては、右ガラスや戸障子の破損が第一審被告の賃借前より存し、若しくはその賃借後自然的に生じたものと見るべき証拠はないので、右は第一審被告の居住中その過失によつて生じたものと認めるのが至当である。而して前掲甲第一号証、原審における鑑定の結果、及び弁論の全趣旨に照らし真正に成立したと認むべき甲第十五号証等によれば、原審審理の終末段階たる昭和二十七年四月当時におけるガラスの価格(その後の価格の異動はこれを徴すべき証拠がない)は、少くも一平方尺につき金四十円を相当としたので、平方尺を平方糎に換算し、右割合によつて計算した破損ガラス全部の価格は金千九百六十円であることが認められ、また甲第一号証右鑑定の結果及び当審証人内藤竹治郎の証言によれば、障子等の破損修理のためには原判決添付第八目録のうち二階吾妻障子六本を除き、同目録記載のとおり合計金五千円を必要とすること、二階吾妻障子六本は本件家屋返還後第一審原告において取あえず並材を用いて応急的に修理を済ましたが、これを本件家屋にふさわしい良質材を用いて調製すれば前記日時において金九千円を要することを認めることができる。従つて第八目録の破損修覆費用の相当額は合計金一万四千円となる。

(ロ)  壁の破損個所及びその修理費用については、原判決添付第九目録のうち上下床の間砂壁四坪二、八〇〇円とある部分を除き原審と同一に認定したので、原判決理由中第二(四)の(ロ)の記載を引用する。しかして当審検証の結果によれば、右床の間の砂壁の破損は第一審被告の所為に起因するものでなくして鼠害によるものであることが明かである。第一審原告はこれは第一審被告が床の間辺に食糧品を置いて鼠の通行を誘致しながら、その駆除の方法を講じなかつたことによるもので、この点において怠慢の責を負うべきであると主張するもののようであるが、かゝる事実を確認するに足る資料に乏しいので、右部分の修理費用を第一審被告に帰せしめることは相当でない。結局第一審被告をして負担せしむべき壁の修理費用は右の部分を除き合計金四千円となる。

(ハ)  屋根瓦の破損、炬燵の無断改造及び第一審被告に負担を命ずべきこれ等の修覆費用については、当裁判所の認定も原審のそれと同一であるから、原判決理由第二(四)の(ハ)(ニ)の部分を引用する。而して右の費用額は合計金七千二百円となる。

(ニ)  原判決理由同(ホ)掲記の各証拠によれば階下東側六畳間と玄関の間の境にある柱四本に小刀の切創等の破損がありこれまた第一審被告が家屋保管上善良なる管理者としての注意義務を欠いたために生じたものと判定すべきことは、原審判決説示のとおりである。ところで、原審鑑定の結果によれば、右破損自体の修覆は困難であつて、これがため家屋の価値は家屋全体の価格(金七十五万円)の二パーセント即ち金一万五千円を減少せしめるものであると認められる。これは第一審被告の不法行為によつて第一審原告に蒙らしめた損害に外ならないから、第一審被告に賠償の義務ありというべきである。

(ホ)  次に当審における証人野沢三七八の証言第一審原告本人尋問の結果及び検証の結果によれば、第一審被告が第一審原告に無断でかまど部屋のかまど穴を拡げてしまつたため、これが復旧には多額の費用を要するところ、第一審原告方当面の用に応ずべく、右復旧工事に代えて釜をのせる適宜の大さのへツツイ(コンロ)を買入れて済ませるとしても金二千三百円を要すること(第一審原告は現に右金額を支出した)を認めうる。それ故少くともこの範囲において第一審原告に損害の生じたことが明かであり、第一審被告にこれが賠償の責あることもまた論をまたない。

(ヘ)  なお原審並に当審における第一審原告本人尋問及び検証の結果によるも、第一審被告の賃借中本件家屋の畳及び襖が可成りに破損されていたことはこれを窺いうるのであるが、それがどの程度まで家屋の賃借使用に伴う自然的損耗の範囲を超えた不当な方法による使用に起因するものであるか、そしてどの程度までは自然的損耗と目すべきものであるかは、それが畳襖の類であるだけにこれを確認するのに困難である。従つてこれ等に関する損害賠償の請求は是認し難い。第一審原告の主張するその余の破損についても、直ちにこれを第一審被告の行為によるものとなし得ないことは、原判決理由第二の(四)(ト)に説示するところと同断であるから、これを引用する。

(ト)  以上当裁判所の認定に牴触する証拠の排斥については、原判決理由同(ヘ)の記載のとおりである。

損害賠償請求権放棄に関する第一審被告の抗弁を容認し得ないこと及び第一審被告に延滞賃料金七百円の支払義務あることについては、当裁判所の判断も原審と同一である。よつて原判決理由第三、第四を引用する。但し第三の末段に「被告が損害賠償の請求権を抛棄」とある部分の「被告」は勿論「原告」の誤記であるから、これを訂正すべくまた第四については、原判文中「それに原告本人(第二回)の供述に依ると」とある個所の原告本人(第二回)を同(第三回)と訂正し、且つその認定に反する原審証人山中玉枝の証言を措信しないことを付言する。

以上の認定によれば、結局第一審被告は第一審原告に対し、本件家屋破損による損害の賠償として合計金四万四千四百六十円、延滞賃料としての金七百円右合計金四万五千百六十円及びこれに対する本訴提起後たる昭和二十七年五月一日以降完済まで年五分の割合による損害金を支払うべき義務あることとなるのでこの範囲における請求は正当であるが、第一審原告その余の請求は失当につき排斥を免れない。故に、第一審被告の控訴は理由がなく、右控訴はこれを棄却すべきであるが、第一審原告の附帯控訴は一部理由がある。しかも第一審原告は当審において法定利率による遅延損害金の起算日を昭和二十七年五月一日と訂正した関係上、附帯控訴に基き原判決を変更すべきものとし、訴訟費用の負担並に仮執行宣言につき、民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 古原勇雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例